核も基地も戦争もない平和で公正・持続可能な世界へ、日本と世界の女性の共同と連帯をひろげる力に
「弟の死を無実の人の命を奪う口実にさせてはならない」と行動を始めました。アメリカで反対の声をあげるのは大変なこと。日本で、私たち遺族の悲しみに心を寄せ、ともに戦争反対の声をあげる人々が大勢いること、女性が先頭に立っていることを知って、励まされました。 リタ・ラサル(2002)
平和な明日をめざす9月11日の家族の会(アメリカ)
核兵器なくそう女性のつどい2002
女性のつどいにご招待いただき、感謝いたします。また、2001年9月11日、世界貿易センターの北棟で命を失った弟エイブのために私と私の家族に弔意を表してくださったことに感謝いたします。
多くのみなさんが弟の話をご存知のことと思います。北棟に飛行機が突っ込んだとき、弟は仲のよかった同僚で友人だった人が気懸りで、避難の列に加わりませんでした。その人は四肢麻痺で容易に動けなかったからです。エブレームは、救援が来ることを祈りながらビルに残りました。しかし助けは来ず、彼と友人は、何千もの罪もないニューヨーク市民とともに、あの二つのビルが炎の中で崩れおちたとき一緒に死んだのです。
この出来事は、私の人生も、ニューヨーク圏の数千人の人生をも変えるものでした。それはハイジャックされ、ペンシルバニアで墜落したチャーター機の機上にいた人々の運命を変え、また、国防総省で愛する人々を失った何百もの家族の人生も変えてしまいました。多くのアメリカ国民の人生もまた、変わってしまいました。
しかし、あの惨事に続く日々、わたしはアメリカのマスコミでしばしば、9月11日の恐ろしい出来事が世界を変えたと伝えるのを耳にしました。こう言えば驚かれるかもしれませんが、私はそうは思いません。911(ナイン・ワン・ワン)が世界を変えたと本気で信じているほどに、アメリカ人は自分たちが住む世界というものを実際には分かっていないのです。
私の人生で、アメリカが政治的にも文化的にもいまほど孤立していると感じたことはありません。
みなさんの中でもご存知の方がおられると思いますが、私はアルカイダによる米国攻撃の犠牲者遺族の団体、「平和な明日をめざす9月11日の家族の会」のメンバーです。私たちのグループの使命は、テロに対する効果的で非暴力的な回答を探し、同じように暴力の犠牲となった世界の人々との共通性を見つけ出すことです。正義の探求の中で平和の選択肢を探すことによって、私たちは、何の罪もない家族が、私たちが受けたような苦しみをこれ以上受けないよう活動し、戦争がつくりだす、果てしない暴力の悪循環を断ち切りたいのです。
私たちアメリカの国民は選択を迫られています。9月11日のできごとにもとづいてこう結論付けることもできます。私たちは独力で行動する、われわれが世界に負うものは何もなく、世界がわれわれにすべてを負っているのだ、と。これがブッシュ大統領の「アメリカの側につくか、それとも敵対するかのどちらかだ」という立場に含まれている大前提なのです。しかしあるいは、目を開いて、地球をより安全な場所とするための豊かな非暴力の選択肢があることを知ることもできます。その選択肢とは、国際的機関や条約に頼ることであり、そしてもっとも大切なのはおそらく、北と南のあいだで富を再配分する取り決めを作ることでしょう。
私は70歳です。この世に生をうけ、学生として学びました。やがて妻となり母親となりました。夫とともに自営業を営み、退職してニューヨークのローワー・イーストサイド(マンハッタン島の南端地域東側)で不自由のない暮らしをするようになりました。いま私は、ふたたび同胞のアメリカ国民を世界の人々と結びつける努力のために時を費やしています。米国民が再び世界を信頼することが出来るように。そして世界にはみなさん方のように、9・11よりもはるかに大きな恐怖を自ら体験したために、9・11の恐怖を十分理解している人々が何百万もいるということを、アメリカ国民が知ることができるように活動しています。
たたかいは困難ですが、私は希望をもっています。みなさんにお願いがあります。できれば、アメリカの人々に語りかけて欲しいのです。インターネットを使ったり、旅行の途中で、あるいはこのような会議の場で、アメリカが現在進めている「要塞化」政策に代わる道を考えるよう勧めてください。対立的な態度を取るのでなく、歴史は9月11日に始まったのではないことを教えてやってください。出来うるかぎり最善の方法で、今日、集団的に起こっている数々の悲劇には集団的な解決が必要であることを提起してください。目の前に横たわる巨大な危険は、どの一国や個人の力でも解決できないことを。世界諸国民のコミュニティにアメリカが復帰するのを助けること、これが私の仕事です。みなさんがそれをみずからの課題としてくださることを願っています。みなさんがこの会議に招いてくださったことは、私の活動を前進させ、心に力を与えてくれました。そのことに感謝します。
私たちは最近広島・長崎から来られた代表団のみなさんとお会いしました。そこには1945年の二つの市への原爆投下を生きのびた7名の被爆者が含まれていました。被爆者の皆さんのやさしい心、おだやかさ、非暴力への献身は、私の生涯を通じて忘れ得ないものになりました。被爆者のみなさんは世界中の都市を訪れ、力強い平和のメッセージを届けています。もし被爆者にその力があるのなら、私もまた彼らにならってがんばろうと思います。
母親大会と世界大会にご招待いただいたことに感謝します。何百万の人たちが私たちと声をひとつにし、いつか核兵器のない世界を実現すること。それが私の心からの願いです。